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デンマークにおけるブルノンヴィル・メソッド:ロマンティック・バレエの継承と技術的特徴 - その歴史と現代への影響

Tags: ブルノンヴィル・メソッド, バレエ, ダンス史, デンマーク, ロマンティック・バレエ, バレエ技術

デンマークにおけるブルノンヴィル・メソッド:ロマンティック・バレエの継承と技術的特徴

ダンス文化交流広場へようこそお越しくださいました。本稿では、バレエの世界において独自の光彩を放つ「ブルノンヴィル・メソッド」に焦点を当て、その歴史、技術、そしてデンマークという特定の地域でどのように継承されてきたのかを探求いたします。

オーギュスト・ブルノンヴィルの功績と歴史的背景

ブルノンヴィル・メソッドは、19世紀デンマークの偉大な振付家でありバレエマスターであったオーギュスト・ブルノンヴィル(August Bournonville, 1805-1879)によって確立されました。パリでマリー・タリオーニの父であるフィリッポ・タリオーニなどに師事し、当時の最先端であったロマンティック・バレエの手法を深く吸収したブルノンヴィルは、帰国後、デンマーク王立バレエ団のバレエマスターとして約50年もの長きにわたり活躍しました。

ロマンティック・バレエは、19世紀前半にヨーロッパで興隆した、神秘性、幻想、そして人間の感情の機微を重視するバレエのスタイルです。「ジゼル」や「ラ・シルフィード」といった作品がその代表ですが、多くのロマンティック・バレエ作品が時代の流れと共に上演されなくなっていく中で、ブルノンヴィルの作品群は、デンマーク王立バレエ団によって今日まで大切に継承されてきました。この継承こそが、ブルノンヴィル・メソッドが他の主要なバレエメソッド(例えば、ロシアのワガノワ、イギリスのRAD、アメリカのバランシンなど)と一線を画す、一つの重要な点であると言えます。彼の作品の上演を通じて、メソッドが身体に刻み込まれ、世代を超えて受け継がれているのです。

ブルノンヴィル・メソッドの技術的特徴

ブルノンヴィル・メソッドは、その独特な技術的特徴によって識別されます。いくつかの主要な点を挙げます。

1. 軽快で正確なフットワーク

ブルノンヴィル・メソッドの最大の特徴の一つは、非常に迅速で正確なフットワークです。小さな跳躍(プチ・アレグロ)や複雑なステップの連続が多く用いられ、足首と膝の柔軟性、そして素早い体重移動が求められます。これは、当時のデンマークの男性ダンサーの技術水準と、ブルノンヴィル自身の優れた跳躍力とフットワークに影響を受けていると考えられています。

2. エポールマンの強調と上半身の表現

身体の向き、特に肩(エポールマン)と頭の使い方が非常に重要視されます。単なる技術的な配置としてだけでなく、キャラクターの感情や物語の展開を表現するための重要な要素として機能します。上半身全体を使った、流れるような、しかし明確な表現力が求められます。

3. アレグロのバリエーションとアンボワテ

跳躍や回転といったアレグロのパが豊富で、特にアンボワテ(emboîté)のようなステップが多用されます。連続した回転や跳躍の中に、軽やかさと同時に芯のある強さが求められます。

4. パントマイムと踊りの融合

ブルノンヴィルの作品は、劇的な物語性を重視しており、踊りの間に自然なパントマイムが織り込まれます。このパントマイムは単なる説明ではなく、感情や状況を伝えるための洗練された身体言語であり、踊りの流れと一体化しています。メソッドの習得には、このパントマイムを含む劇的な表現力も不可欠とされます。

5. 音楽との深い結びつき

ブルノンヴィルの作品は、ハンス・クリスチャン・ロンビやホルガー・シモン・パーウリといったデンマークの作曲家による音楽と共に生まれました。メソッドの学習においても、音楽性を理解し、それに合わせて踊ることが極めて重要視されます。リズムやメロディーを正確に捉え、音楽と共に呼吸することが求められます。

教育体系と継承

ブルノンヴィル・メソッドは、主にデンマーク王立バレエ学校で体系的に教えられています。日々のクラスは、メソッドの基礎となるバーレッスン、センターレッスン、そして作品からのバリエーション練習で構成されます。この教育は、技術の習得だけでなく、ブルノンヴィル作品に込められたスタイル、精神性、そしてデンマークの文化的な背景を深く理解することを目指しています。

メソッドの継承は、作品の上演を通じて行われる側面も大きいと言えます。歴代のバレエマスターやダンサーが、自身の経験と知識を若い世代に伝えることで、メソッドの「生きた」伝承が行われています。しかし、その独特のスタイルと技術を正確に伝えるためには、専門的な知識と経験を持つ指導者の存在が不可欠であり、国際的な普及には一定の難しさも伴います。

他のメソッドとの比較と現代への影響

ワガノワ・メソッドが上半身の力強さや柔軟性を重視し、RADメソッドが解剖学に基づいた安全なトレーニングを重視するのに対し、ブルノンヴィル・メソッドはフットワークの速さと正確性、そしてエポールマンを含む上半身の表現力に重点を置いていると言えます。バランシン・テクニックがスピード、スケール、そしてネオクラシカルなクリアさを追求するのに対し、ブルノンヴィルはよりロマンティックで叙情的なスタイルを保っています。

現代のバレエ界において、ブルノンヴィル・メソッドは、ロマンティック・バレエの貴重な遺産として、また男性ダンサーの技術向上に特に有効なトレーニング方法の一つとして認識されています。その軽快なアレグロや明確なエポールマンは、現代の振付家の作品を踊る上でも役立つ基礎となる可能性があります。一方で、特定の作品に強く紐づいているため、メソッド単体として他のメソッドほど国際的に普及しているわけではありません。

結論

デンマークのブルノンヴィル・メソッドは、単なる技術体系にとどまらず、オーギュスト・ブルノンヴィルという一人の偉大な芸術家が生み出し、デンマーク王立バレエ団が今日まで大切に守り続けてきた、ロマンティック・バレエの生きた遺産です。その独特なフットワーク、エポールマン、そして音楽との一体感は、バレエ芸術の多様性と深さを示しています。

このメソッドを学ぶことは、技術的な挑戦であると同時に、19世紀ヨーロッパの文化や、物語を身体で語るというバレエ本来の力を再認識することに繋がるでしょう。ブルノンヴィル・メソッドの探求は、私たちにどのような身体感覚をもたらすのか、そして現代のダンス表現にどのような新たな示唆を与えうるのか。このテーマについて、皆様との意見交換ができれば幸いです。